【私教育新聞第136号】学びの場としての新時代の大学|安永卓生氏「誤答から問いを拵える ―考えた跡にAIが寄り添う学びへ―」

2026.10.28(水)

いつも弊社のコーポレートサイトをご覧いただきありがとうございます。

私教育新聞136号:12ページ掲載の記事が公開中です!


【学びの場としての新時代の大学】
「誤答から問いを拵える ―考えた跡にAIが寄り添う学びへ―」

私教育新聞バックナンバー一覧はコチラ


間違いを消さずに残す
 私は、中学生の頃から、授業ノートも問題演習もボールペンで書くようになった。
書き間違いや誤答は消しゴムで消さず、二重線を引き、その先に書き直した。
入学試験などの本番や模擬試験など、鉛筆の使用を求められるときだけ、
仕方なく鉛筆と消しゴムを使った。
 ボールペンには、簡単には消せない緊張感がある。しかし同時に、最初に何を考え、
どこで間違いに気づき、どう考え直したのかが紙の上に残る。
正解だけが並んだノートはきれいだが、学びの道筋は見えない。
間違いを残すのは、過去の自分を責めるためではなく、
考え方が変わった場所を後から見つけるためである。

「足したのに減った」という違和感
 たとえば、ある学習者が「二分の一足す三分の一は、五分の二」と答えたとする。
分子どうし、分母どうしを足したのであろう。
「分母をそろえなければならない」と教えれば、正解へ導くことはできるだろう。
しかし、それだけでは、本人がどこで考え違いをしたのかに気づくことにはならない。
 そこで、すぐに計算方法を教えず、こう問いかけてみる。
「同じ大きさのケーキが二分の一あり、そこへ三分の一を加えたら、
最初より多くなるだろうか、少なくなるだろうか」。
もちろん、多くなると気がつく。では、……

続きはバックナンバー購読へご登録ください。

バックナンバー購読はコチラ


弊社サイトでは上記以外にも私教育新聞のバックナンバーをご用意していますので、
ぜひ一度一覧ページをのぞいてみてください。

今後ともよろしくお願いします。

無料で広報お悩み<br />
相談承ります!